なぜトランスの話題を分離したのか

 ish☆から独立してこのブログを立ち上げたのには、いくつか理由があります。
 一つは単にish☆が雑然としすぎた、というのもありますが、今ひとつはトランスの本性に関わることです。
 何度も書いていますが、トランスの目的はトランスであることではありません。にもかかわらずトランスは一生トランスでしかない(ネイティヴと同等にはなれない)、という矛盾がトランス現象の核心にあります。わたしは自身がトランスであることを引き受けたいですし、またこの現象一般への興味をとめることもできませんが、同時にトランスであることを目的としてトランスなわけではありません。単に女として生きたいだけです。というより、こんな堂々巡りなことばかりに脳を浪費していては疲れるので、棚にあげて他のことに集中したいです。
 ish☆との分離はこの矛盾を反映しているとも言えます。戸籍上の性別を徹底して隠すことには疑問がありますが、あまり喧伝したくはないし、すべきでないのも事実です。ish☆であまりにもトランスぶりを振りまくのには、抵抗を感じるようになってきました。
 ish☆だけ閲覧してもそこここにトランスネタがあり、よく見ればはっきり書いてあり、このサイトともつながっている、という緩い暴露具合は、わたしの日常や社会に対するスタンスを映したものです。ただしリアルライフにせよネット上での分離にせよ、元が矛盾から生じたものだけに、ベストの平衡というのはなかなかみつかりません。実生活でも「隠したくない」「しかし普通の人間として認知されたい」という葛藤に苛まれない日はありません。
 別にネット上で分けたところで問題が解決するわけはないのですが、より良い平衡を模索する上での一つの実験です。なんとも一人よがりで、閲覧者にとっては本当にどうでもいいことかもしれません。
 
 それでも、この「バランスの難しさ」自体には少なくない当事者が思い当たるのではないでしょうか。statementというよりperformanceとして、この演出がトランス現象の「味」をうまく伝えていてくれれば嬉しいものです。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする