GIDにおける潜伏と埋没

 トランスセクシュアル(いわゆるGID当事者)には、SRS・戸籍変更し元の性別を伏せて生きる人もいるし、積極的に「トランスジェンダー」としてのアイデンティティを訴えながら生活する人もいます。一般に、トランスセクシュアルが元の性別をまったく明かさず(あるいは親しいパートナー以外には秘密にして)生活することを「埋没」と言います。
 一方、同じように元の性別を隠して生きることを、当サイトではしばしば「潜伏」と呼んでいます。
 これは単なる用語の違いであり、あまり本質的な問題ではありません。一般の方がどちらか一方適切な用語を選ばなければならないとしたら、「埋没」にしておくのが無難でしょう。わたしが「潜伏」という言葉を使うのはいささか作為的で、敢えてやや挑発的なこの語を選んでいるからです。
 はじめにお断りしておきますが、「埋没」して生きるトランスセクシュアルのほとんどは、純粋に静かな暮らしを望んでいるだけです。「普通に真面目に生きる」以上のことは何も期待していない方が大多数です(この「目立たず生きる」ことの価値について、一般の方は低く見積もりすぎるようですが・・)。
 わたしもこれは理解できます。ただ根が目立ちたがり屋というか、「いらんことしぃ」というか、要するに子供っぽい性格なもので、どうせだったら何かもう一ひねりしたくなってしまうんですよね。
 普通に生きることを目標に随分頑張ってきたつもりですが、いざ到達してみると文字通りそれは「普通」で、一般の方なら何も考えないで手にしていることです。そんなことは最初からわかっていたことですし、逆に「頑張り」を認められてしまうということはそのままわたしたちの希望の生活が壊れるということですから、認めてもらっても困ります(「認められないこと」の価値を認める)。「認知度の高いトランス」なんて「有名なスパイ」と同じくらい滑稽です。
 それは結構なのですが、こうして完成度が上がればあがるほど、なんとも華がなくなってしまうのはちょっとだけ寂しいです。いえ、普通の当事者はそんなことを思いつきもしないかもしれませんが、わたしはバカなのでつい面白がる方に考えてしまうのです(笑)。
 わたしの友人でバイクの好きな人がいて、彼がハーレーを買ったときには色々バイクの話を聞かせていただきました。念願のものを手に入れたら、誰だって見せびらかして自慢したいでしょうし、その価値を少しでも理解して欲しいと願うものでしょう。
 ところが、例えばSRSなんてハーレーよりお金がかかるくらいなのに、見せびらかすどころか身体の中でも最も人目に触れない部分です。わざわざ自慢して回ったらGIDとは別の用事で精神病院に連れて行かれること間違いなしです。これもまぁ当然のことではあるのですが、やっぱりちょっとだけ悔しいですよね(笑)。
 というわけで、同じ状況なら少しでも面白く活用するために、敢えて「埋没」よりは「潜伏」と言ってみたいのです。潜入捜査みたいでドキドキするじゃないですか。
 人生には別に目的も意味もありませんが、そう思うと暇すぎてダルいので、何にせよ目標とかテーマとかがあった方が楽になるものです。目標というは「オチ」であって、要するにオチにむかって人生にストーリーをつけてみる、ということです。「潜伏」などというといかにもエキサイティングなストーリーが待っていてくれそうで、まぁあと二週間くらいは自殺を延期してみようかな、という気持ちにもなるじゃないですか。もしかすると自分で死ななくても敵に見つかって殺されちゃうかもしれませんし。
 大体、「埋没」という言葉がいくらなんでも地味すぎます。埋没毛みたいでイメージも今ひとつです。
 「王道GID」な方たちはそういう地味さこそが素晴らしいと思っておられるのかもしれませんし、また一社会人としては「確かにその通り」と残念ながら思ってしまいます。また個人的にも「トランスジェンダー派」のつもりは全然ないですし、もうすぐ戸籍変更も完了、ますます溶け込んで陰も光もない生き物になっていくつもりです。でもだからこそ、地味な暮しの裏側からリポートをお届けする感じをこっそり楽しみたいと思っています。
 まぁ、ただ単にわたしが「面白がり」というだけなんで、深い意味はないんですけれどね。
追記:今気付きましたが、これってちょっと「露出プレイ」っぽいですよね! 露出って言ってもモロ見せちゃう人じゃなくて、「コートの下は裸なの♪」みたいなオヤジエロファンタジーの世界(笑)。

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