電脳世界のトランス

(このテクストは当初、「〈女〉を巡って」および「真夜中のトランス」の前座的ポジションとして、トランス問題についてかなり茶化した調子で語るために用意されたものです。相当バイアスのかかった内容で、ほぼMtFのみを話題にしており、また筆者の主眼自体上のテクストにあったのですが、一つのものの見方として試みに公開してみるものです。なお、筆者は現在の性同一性「障害」治療を全面的に是としているわけではありませんが、これを否定したり先人の労苦を軽んじようとする意図はまったくなく、実際個人的には多いにお世話になっていることを明記しておきます)
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 ざっと概観してきた業界界隈ですが、忘れてはならない一面があります。
 インターネットにおけるトランスの世界です。
 ネット上にないものなどない時代ですが、トランス業界にとってのネットは特別な位置を占めています。一つは、他の「マイノリティ」と同様、広くまばらに拡散している人同士がコミュニケーションを取る上で、ネットは非常に強力な武器になる、ということです。もう一つは、「男が女になる」という「変身」的要素が中心を占めている世界のため、「仮想現実」としてのネットの力がインフレ的に威力を発揮してしまっている点です。
 トランスと言っても、ニューハーフカルチャーに関してはそれほど特別なものは見当たりません。営業用のお店のサイトなどはもちろんありますが、他の業界と変わることはありません。中心になるのはTSカルチャーと女装カルチャーです。
 まず、性同一性障害の診断や治療に関する法的・医学的知識が手に入ります。医療者によるサイト、性同一性障害の解放を目指す団体や自助グループによるもの、それから当事者の個人運営によるものがあります。性同一性障害についての書籍もそれなりに見受けられるようになりましたが、ネット上では当事者向けのより実践的情報が手に入ります。治療の実際を記したものから戸籍改名についての指南、さらにSRSを受けられる海外の病院情報などすら見受けられます
 個人運営のものでも、身許を証した上で有用な情報を公開しているところは少なくありません。一方で、怪し気なものも混在しています。真剣な当事者は安易に鵜呑みにせず、ポータル系を参照の上でリアルで確認した方が良いでしょう。当事者だからといって正確な医療知識を持っているとは限りませんし、自己流で判断していることも少なくありません。更に医療機関に相談することもなく自分でGIDを名乗ってみたり、「別の病気」が疑われるほど妄想色の濃いサイトもあります。女装カルチャーとクロスオーバーする部分もありますし、更に言えば単なる「電波サイト」すらあります。
 整理された情報ではなく、当事者の日常を発信しているだけのサイトとなると、星の数ほど存在します。TS/TGによる日記サイトの類は、以前はそれほど数がなかったのですが、最近になって急速に増加しているようです。日々の暮らしや治療に関する徒然などが中心で、顔写真を伏せている場合が多いです。戸籍上の性別を隠して生活している場合には、身許を公開するわけにいかないからです。ただ、完全に女性として生活しながらなおかつ顔出ししているケースも、少数派ながら存在します。いずれにせよネット上だけでカムしているわけで、当事者の二重生活の裏側を垣間見られます。運営者にとっても、自分を全的に表す場を持ちたいのです。
 しかし数の上で圧倒的に多いのは、何と言っても女装系です。「トランス系」とされているサイトのほとんどが、女装カルチャーに属するものです。TSカルチャーの個人サイトと対照的に、これらのサイトの目玉は自分の写真です。日常生活は男性として送っている方が大半ですから、「女の子になりたい」というエネルギーを公開写真に賭けているのです。
 ただし、その趣は女装カルチャーの幅広さに応じて様々です。目を覆わんばかりの露出写真を並べたエログロなところもあれば、スタイリッシュなサイトもあります。本人のヴィジュアルにも天と地ほどに開きがあります。
 「女装写真なんか曝して何が面白いんだ」「そんなもの見たがるヤツがいるのか」と思われるでしょう。ところが、ある種のトランスサイトというのは、個人で何十万のヒットを稼ぐ凄まじい人気サイトになっているのです。
 何度も繰り返しますが、女装と一口に言ってもレベルの高い方の完成度は「女装」という言葉からは想像できない域に達しています。しかも写真というのは、撮りようによって相当に実像を歪められるものです。さらに声や仕種まではわからないウェブサイトの特性からいって、女装者がネイティヴのネットアイドル以上の人気者になる可能性は十分にあるのです。ちなみに、「声自慢」の女装者が敢えて挨拶メッセージを公開していることもあります。
 ネットアイドルもある種のヴァーチャルな存在ですが、女装の場合はさらに仮想的です。そしてこのフィクション性こそが人気の秘密なのです。社会的には存在しないはずの「仮染めの姿」であれば、本物の女以上に男の理想に近付けます。しかも「実は男の子」というギミックは大きな売りになります。綺麗な女の子などプロを含めていくらでもいますから、「実は男」なのに女の子のように可愛らしい、というのはネイティヴに対して大きなアドバンテージとなるのです。職業ニューハーフの魅力と通じるものがあります。
 現実には本当にレベルの高い女装者は一握りで、「え、実は男なの!?」などというマンガの中のような美しい「男の子」はそう沢山はいません。しかもあまり水準が高くなると媚びたサイトは運営しなくなる傾向があります。しかしディスプレイを通じてならば、そこまでハイレベルでなくても演出だけで十分に魅了できますし、見ている方も「男っぽい」側面を都合の良く捨象して楽しむことができるのです。
 オシャレ系にはオシャレ系、エッチ系にはそれなりのお客さんが集まります。女装も女装ですが、女装サイトが人気になるということは、それだけ多くの「トランス好き」「変態さん」が存在している証左です。
 女装系でも顔出しを控えて目線を入れているサイトがあります。「陰で女装している」ことがバレないように顔を隠しているのです。特にエッチ系の露出の激しい女装者に多く見かけます。潜伏、つまり戸籍上の性別を隠して生活しているTSとエッチ系の女装者という、ある意味両極端のケースで同じように顔出しが控えられているという現象は、なかなか興味深いです。
 トランス系に限らず、個人サイトというのは普段の生活で抑えているものを発露する機能があります。潜伏TSなら「戸籍上は男である自分」、女装系なら「女になってみたい自分」と、方向性はちょうど逆になりますが、それぞれ日常では表に出せないことを表現しているのです。その「暴露度」が極端な場合に、顔写真が非公開になっているわけです。
 逆に、TSカルチャーに属するものでも、身許も顔も明かして運営されているサイトもあります。〈生き方としてのトランスジェンダー〉という形で自分の生き方を積極的に訴えようとしようとしている場合なら尚更です。これらのサイトでは、同じ表現といっても、隠された二面性の発露ではなくむしろ二面性のないこと、全面的に自分自身を開示し解放することが目的ですから、隠しだてをする必要もありません。
 これが著しいケースでは、TSカルチャーと女装カルチャーの境目が曖昧になっていることがあります。TSと言っても潜伏している方ばかりでなく、ノンパス、つまり女に見えない人や、普段の生活は普通の男の振りをしている場合もあります。こうなると外見だけなら女装カルチャーとあまり変わらず、ウェブサイトでも女装系と同じく写真を公開し自己表現することになります。また自称「トランスジェンダー」でも、どう考えても女装としか思えない人もいますし、その逆もあります。
 これらのサイトをつなぐウェブリングや、ポータルサイトもあります。ここでも中心になるのは女装カルチャーです。業界最大手としては、某ニューハーフヘルス店が運営しているエッチ系のホームページが挙げられます。ここの「ニューハーフ写真掲示板」には、その名と異なりほとんどニューハーフは登場しません。個人アマチュア女装者、しかもエッチ系エログロ系があられもない姿を曝しているのです。一度ご覧になってみれば、「動物園」の異名で呼ばれる所以が御理解頂けることでしょう。
 もちろん、エッチ系だけではありません。アクセス数では遥かに及びませんが、もっと穏やかで可愛らしいところもあります。制服をテーマにしたある女装サイトは、その名のいかがわしさに反して、ヴィジュアル系の女装者が集まることで知られています。ちなみにこのサイトには「私服画像掲示板」というコーナーがあるのですが、日常でセーラーなど着ることなどない人々が「私服」というのも意味深長です。
 かくいう筆者も、ウェブサイトを運営しています。日常は男性として過ごしていた頃に始めたものです。サイトを始める前、始めたばかりの頃、類似のサイトをぐるぐる見て回りました。中にはとても綺麗な方がいて驚かされました。「憧れの人」も何人かいました。
 ネットを主な活動の場にしているトランスは、リアルで人に会いたがらない方が多いのですが、こちらもトランスサイトの運営者となると、接触を持つ機会が生まれます。「トランス同士」という気の緩みもあるのでしょう。少なからぬ人たちと、実際に御会いすることができました。
 この接触が、実に驚きの連続でした。初めの頃は他のトランスと会った経験が少なかったため、ちょうど女装サイトの一般閲覧者のように、ディスプレイの向こうに幻想を抱いていたのです。
 この種のギャップは、ネットとリアルの両面がある人間関係であればどこでもあり得ることでしょうが、トランス系ではその差が非常に激しことがままあります。かわいい女の子とばかり思っていた方が、普通のオジサンだったりするのです。
 もちろん、あまりギャップを感じさせない方もいました。サイト以上に女らしい方や、珍しいケースですが女装のノリでサイトを運営していながら実質潜伏型TSという人もいました。ですが、会ってみたらあまりの「男らしさ」にびっくり、という場合が一番多かったのが現実です。
 見た目だけでなくキャラクタ−まで捏造している人も少なくありません。一人称に「あたし」を使い、「(はーと)」やら「♪」とキャピキャピしていたのが、実に平凡なお兄さんなのです。普通はこういう人を「ネカマ」と呼ぶのですが、何せ本物の「オカマ」ですから、詐称とばかりも言い切れません。
 とはいえ、ギャップも悪いこととは決めつけられません。ある女装者の方と御会いしてみると、確かにネットでのキャラクタ−とは全然違ったのですが、それはそれで「オモロイ兄ちゃん」で、すっかり盛り上がってしまったことがあります。「サイトもこのノリでやればいいのに」と申し上げたのですが、さすがに照れくさそうでした。
 何人かの女装者の方は、決して「詐称」ではなく、現実でも眩しいばかりの美しさを放っていました。美醜という点で確実に言えることは、女装して綺麗な人は、普通の男としても美形だということです。「女装姿はネット上だけでしか見せない」ということで「男モード」で御会いしたにも関わらず、目眩がするほどの美貌の人物もいらっしゃいました。美形の男をうまく女装させると、女の比ではない素晴らしいエロティシズムが宿ることがあるのです。
 逆に、「女として生活している」TSだとしても、美しいかどうかは別問題です。本物の女でも綺麗な人ばかりではありませんから、「女に見える」ということと「美しい」ということは違うことなのです。

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