ニューハーフカルチャーとTSカルチャー

(このテクストは当初、「〈女〉を巡って」および「真夜中のトランス」の前座的ポジションとして、トランス問題についてかなり茶化した調子で語るために用意されたものです。相当バイアスのかかった内容で、ほぼMtFのみを話題にしており、また筆者の主眼自体上のテクストにあったのですが、一つのものの見方として試みに公開してみるものです。なお、筆者は現在の性同一性「障害」治療を全面的に是としているわけではありませんが、これを否定したり先人の労苦を軽んじようとする意図はまったくなく、実際個人的には多いにお世話になっていることを明記しておきます)
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 「戸籍上、あるいは染色体上の男性が女性として生きる」というと、世間の人が最初に思い浮かべる言葉は「ニューハーフ」なのではないかと思います。ですが、ニューハーフの方に前項のような話をしても、まず相手にされません。トランスの王道のように見えるニューハーフに、トランスの話が通じないのです。
 その一つの理由は、ニューハーフというのがあくまで職業である、ということがあります。職業である以上、当事者の性的アイデンティティとは別物です。しかもニューハーフは「女の子みたいだけど、実は男」というところに売りあるのです。ニューハーフは「男の仕事」です。女には絶対できません。「本当は女なのに、男の身体で生まれてしまった」というTS的な視点のちょうど裏返しとも言えるのです。
 筆者は以前、極短期間ですがコミック系のニューハーフパブに在籍した経験があります。そこにとても綺麗な先輩がいました。雰囲気も顔つきもとても女らしいです。お笑い系のお店ですから、喋らせたら「図々しいオカマ」ですが、見た目だけなら女そのものです。ところがその先輩は、仕事が終わった途端にウィッグを取って「お疲れ様でーす」と野太い声で挨拶すると男の服装で帰っていったのです。
 また、某有名ニューハーフパブのママさんなどは、普段は七三分けのお父さんということです。「仕事でオカマをやっている」と割り切っているのです。
 もちろん、GID的な解釈でTSに相当する方もいらっしゃいます。しかし「実は男」が売りのニューハーフですから、変に「心は女」などという気持ちを持っていると、仕事が辛くなることもあります。男呼ばわりされようが、オカマと蔑まれようが、笑ってネタにできる勢いがあってこそプロというものです。少なくとも仕事中は「本当は女」といった考え方は脇に避けておく必要があるでしょう。
 ニューハーフにトランスの話題が通じないもう一つの理由は、彼女たちの多くがこの分脈について無知である、ということがあります。単純に社会階層としてこの種の教養に富んでいない、ということもあるでしょうし、「当事者」とはいえ仕事としてのニューハーフにトランスについての知見など必要ありません。むしろ変に知っていない方が都合が良いくらいです。しかも一般的なニューハーフは「綺麗だけれどバカっぽい」といったイメージがあります。もちろん、職務上の演出な訳ですが、本当にあけっぴろげで理屈でものを考えないタイプの人も少なくありません。ごちゃごちゃと理屈をこねるタイプの性格では、ニューハーフに限らず水商売に不向きでしょう。
 ニューハーフの世界では、「オカマ」「ゲイ」「ホモ」といった、GID的視点から見たらまるで別物の言葉がかなり曖昧に使われています。後に詳述しますが、GIDの文脈では、トランスとは性自認つまり「自分をどちらの性別だと思うか」が問題になるものです。これと性対象すなわち「どちらの性別を恋愛対象にするか」とは独立しています。いわゆるゲイの方は、恋愛対象が同性なだけで、自分を女として認識しているわけではありません。一方で女性を恋愛対象とするMtFトランスも存在します。理論上は、トランスとゲイは全く別物ということになります。ところが、職業ニューハーフの世界では、当事者自らこれらの語を使っています。筆者も「ゲイバーいかがですかぁ」「すぐそこでオカマバーやってまぁす」などと客引きしていました。
 もちろん、ニューハーフにも色々な人がいますから、辛い気持ちを押し殺して「他にできる仕事がないから」と従事している例もあります。また、仕事と割り切るわけではなく、かつ病気でもないという意味で「ニューハーフ」という語をポジティヴに使う人もいます。言わば「身体改造も含むフルタイム女装者」といったスタンスです。ですが、大多数の人は、少なくともGID的な見方で自分の状況を捉えようとはしていません。
 一方GIDの方から見ても、「ニューハーフ」という呼称自体を「トランス=風俗・水商売」という固定観念を助長するものとして毛嫌いするTSがいます。GIDの診断ガイドラインでも、「職業的利得のために別の性を求めることは除外する」という記述があります。「売れっ子ニューハーフになる為にタマ取って下さい」というのはGIDではありません、ということです。ニューハーフがGID的見方をしないように、GIDの側も「ニューハーフ」という語を避けているのです。ただしこれは、たまたま職業がニューハーフである、ということで排除されることを意味するわけではありません。
 GID的視点からすれば、ニューハーフの世界は前時代的に映るかもしれません。性自認と性対象の区別もできず、自らオカマを名乗って笑いを取るのがニューハーフです。ですが、この職業が長い間ある種のトランスの受け皿になってきたことも見逃せません。また、いわゆる「ヤミ」のオペや個人輸入によりホルモン剤入手なども、ニューハーフ業界と共に生き長らえてきました。医療的には問題でしょうし、実際、知識の乏しさからくる不幸な出来事も多々あったでしょう。ですが、少なからぬ当事者を救ってきたのもまた事実です。少なくともオペについては「民間」が圧倒的にリードしてきた歴史があります。薬の個人輸入については、診断前に自己判断でホルモン剤服用を始める「フライング」を助長するものとして批判されることがありますが、一方でまだまだ受診先が少なく時間のかかるGID診断からこぼれ落ちてしまう当事者にとっては、頼みの綱になっている部分もあります。また、そもそもSRS(sex reassignment surgeryいわゆる「性転換」)やホルモン服用が「正規」医療によって管理されなければならないものなのかも、議論の余地があります。
 TSとニューハーフ、両方の世界を見てきた人の中には「ニューハーフの子の方がずっと現実が見えている」と言う方がいます。TSの中には、自らの「生まれの不幸」に悩むあまり、社会不適応な状態に陥ってしまっている人が少なくありません。その点、ニューハーフは現実的です。オカマと呼ばれようが、とにかく今日という日を生き抜いていく逞しさがあります。
 TSにとってGIDは、あくまでマイナス要因です。何せ病気ですから、病気であるよりは健康の方が良いに決まっています。少なくともそれを「病気」と呼ぶ限りでは、「できればGIDでない方がよかった」と言えなければ嘘になります。ですがニューハーフは、同じような条件を武器にして生きています。「男を売りにして嬉しいか」と言うTSもいるかもしれませんが、少なくとも現象としてはさほど変わらないものなら、不幸と嘆くよりお金に変える方が建設的でしょう。
 このように、ニューハーフとTSは似て非なるものです。そもそも併置してよい言葉ではなく、異なる思考の枠組みに属しているのです。指している対象にはクロスオーバーする部分が多分にありますが、文化としては別物です。トランスという一つの横断的現象を理解する二つの視点、と言えます。
 試みに、両者を「ニューハーフカルチャー」と「TSカルチャー」と呼んでみましょう。ただし、あくまで思考のための分類であり、TSと診断されている方すべてがここでTSカルチャーと概括している戯画的TS像に一致しているわけではありません。

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