ワークショップ「性同一性障害」のケア(基礎編)

 セクソロジー博士中村美亜先生と言語聴覚士でトランスセクシュアルのボイストレーニングに取り組む櫻庭京子先生によるワークショップ「性同一性障害」のケア(基礎編)にパネリストの一人として参加させて頂きました。
 カウンセラー、看護師、家族、友人など、「性同一性障害」のケアに携わっている方、あるいは、携わろうとしている方を対象にした、概括的なセミナーと当事者およびセラピストのパネル、ディスカッションです。
 正直、わたしは当事者の集まりというのが好きではありません。自助グループなどにもほぼ一切コミットしていません。この辺の事情はそのうち独立して取り上げますが、率直に言って「痛い」ばかりの「可愛そうな人」が集っている姿など、目に入れたくもない、というのが本音です。もちろん、そういった集まりのある意義は多いに認めるのですが、もし関わるとしたら「助けて」ではなく「助ける」くらいの意気込みで望みたいですし、今のわたしには助けてもらう必要もなけば助けてあげる力量もありません。
 ですから今回も、パネリストとしてのお声がけでなければ、多分顔を出すことがなかったと思います。
 しかし何でもやってみるものです。思いのほか収穫の多い一日となりました。
 集まった人々はMtF、FtMからセラピスト、医療者、人文科学系の研究者、学生、家族、類縁領域での活動家、などなど実に多様です。そして「当事者の友達がそんなにいない」とおっしゃる美亜さんのセレクションは実に巧みで、奇跡的にグッドバイブレーションな面々がそろったと思います。
 美亜さんのテクストは、以前に目を通させて頂いた時に「やっとこういうことをちゃんと言える人が出てきたか」と勇気づけられ、発破をかけられたものでした。その美亜さんが精神疾患としてのGIDから社会的側面までトータルでまとめられた表現は、大変適切でわかりやすいものでした。当然に過ぎるほど妥当なことばかりなのですが、現在の日本の「性同一性障害」治療では日陰に追いやられがちな内容もキチンと指摘されていました。
 わたしの日頃放言していることは、こういう「ちゃんとした」意見を勝手に土台にして応用編を試みている側面があります。ですから、非常に自己中心的な事情ですが、立場のある方がしっかりしてくれないと、わたしが暴れられないのです(笑)。おかげさまで、この日も言いたい放題のことを言わせて頂きました。
 詳細は後日にまとめるとして、一聴衆として本当に学ぶところが大きかったです。
 あまり接触のないFtMの方の実像に触れられたこともその一つです。セラピストサイドとしてパネルに上がられたFtMのFさんのステキトークもあり、わたしの中でのFtMの株が十段くらい上がりました。当事者パネルの男の子二人については、トランスがどうこうという以前に、若さに打たれてしまいました(笑)。いやぁ、元気な少年はいいものです、とオバハンになってしまいます。
 また、セラピストの方の意見が伺えたのも新鮮でした。当事者というのは往々にして視野が狭くなっているもので、意外なほど周囲の人間の気持ちを理解していないものです。わたし個人としてはそこまで追い込まれているわけでは全然ないのですが、当事者は「理解して」などとダダをこねるだけでなく、周りの意見に耳を傾ける姿勢を忘れてはいけません。一般社会では当たり前のことです。周囲も遠慮せずにガンガン気持ちをぶつけていいのでは、と考えさせられました(って、わたしがぶつけられそうですね)。
 MtFについても、当然ながら十人十色です。わたしと一緒に当事者パネルに参加して頂いたS女史のお話は、個人的に胸に響くものもあり、今後の選択を考える上でもとてもためになりました。法律のプロフェッショナルの言葉でもあり、チンピラ風情のワタクシとしては「オトナにならなきゃ」と妙なところで感心もしていました。
 ともあれ、皆さん本当におつかれさまでした。そしてありがとうございます!
 細かいことなどはまた日を改めてエントリをたてます。このエントリについては、例外的にコメントをオープンにしておきます。
(注:主催者お二方以外は、一応イニシャルにさせて頂きました。「目立ちたいから名前書いてくれ」という意見があれば、修正しますので遠慮なくw)
※当日のわたしの発表のレジュメは「トランスの含む二律背反と恋愛」にあります。このブログの多くの記事がこれに関連していますが。「女らしさ」と「女であること」を巡ってなどが代表的です。

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