ノンパス的サバイバル

(このテクストは当初、「〈女〉を巡って」および「真夜中のトランス」の前座的ポジションとして、トランス問題についてかなり茶化した調子で語るために用意されたものです。相当バイアスのかかった内容で、ほぼMtFのみを話題にしており、また筆者の主眼自体上のテクストにあったのですが、一つのものの見方として試みに公開してみるものです。なお、筆者は現在の性同一性「障害」治療を全面的に是としているわけではありませんが、これを否定したり先人の労苦を軽んじようとする意図はまったくなく、実際個人的には多いにお世話になっていることを明記しておきます)
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 ある自称女装者の方が「ホルモンをやってオペをして、身体が女に近付いて『わたしは女よ』と言ったところで、顔がオッサンだったら意味がない」といったことを書かれていました。確かに、そんなやり方では不幸を取り除く為の「治療」でより一層不幸になるだけでしょう。
 また筆者は夜のお仕事に就いていた時、あるお客様にこんなことを言われたことがあります。
「別にウチの会社でトランスの子が働いていても、全然問題ないよ。でもちゃんと女の子に見えて、可愛くなくっちゃね」
 かなり乱暴な男性的意見です。別にトランスでなくても、怒り狂う女性がいてもおかしくないですし、聞きながら内心複雑でした。
 パスに対して疑問を投げかけたばかりですが、一方で世間が見た目で判断するのも現実です。見た目が男なら、よほど心を尽くして語り合いでもしない限り、男としてしか見られないのは当然です。ただ、嘆いてばかりいても仕方ありません。もちろん整形なり何なりで外見のレベルを上げていくことが第一ですし、一定の水準に達すればあとは見た目の問題でなくなるのは前述の通りですが、ノンパスならノンパスなりに状況を良く考えることもできるはずです。
 職業ニューハーフは、内面的にセクシュアリティの問題を抱えているかはともかく、このことを売り物にしてお金を稼いでいます。しかも「実は男」に重点があるわけですから、言わばノンパスぶりを強みにしているのです。少なくとも「トランスであること」を武器に使っています。考え方が違うのですから一概には言えませんが、時に不幸の自家中毒に陥りがちなTSカルチャーには見習うべき点があります。
 自分の不幸ぶりにハマってしまう、という状態は確かにあります。一度その思考のループに陥ると、抜け出すのは簡単ではありません。ですが、不幸を訴えるということは、それだけで既に拒絶的な態度をとっていることになります。誰でもいかにも不幸そうな人になど近付きたくないですし、やって来るとしたら他人の不幸で楽しもうという人だけです。人間、誰でも全面的に幸福でも不幸でもありませんから、勇気をもって幸福の方を選び取らなければ、ループから脱出することはできません。ノンパスで悩むくらいなら、いっそトランスキャラで弾けてしまうのも一手です。
 世の中には太っていて悩んでいる人がいが沢山います。ですが、悩んでも痩せるわけではありません。太った人が明るく生きようと思ったら、デブキャラで弾けるか、痩せるか、二つに一つです。「太っているから」とクヨクヨしているのが一番いけません。外に出るのが嫌になって余計太るだけです。トランスもお金を溜めて整形するなり、おもしろいオカマ路線でいくなり、生かす方向で工夫するしかないでしょう。
 ノンパスはノンパスなりに外に出ていかなければならないことには、別の理由もあります。一つは、見た目のレベルというのは一瞬では上がらない、ということです。非常に幼少の頃から望む性別で生活していた場合を除くと、当初男性として過ごしていたものが、ある日突然見まごうことなき女性に生まれ変わる、などということはありません。どうしても移行期の見苦しい段階があります。ここで社会との接点を切ってしまうと、次に出ていく時に大変な壁になりますし、そもそも経済的理由などで関係を断つわけにもいかないでしょう。見た目が追い付かないうちは、精神的な部分で補ってやる必要があります。
 もう一つの理由は、実はフルタイムこそがパスへの最短経路だからです。パスを一つの技術と考えるなら、技術というもの一般を身につける一番良い方法は、それができないと生きていけない状況に無理矢理身を置くことです。語学を習得するのに、とにかく現地に入ってしまうスタイルです。ノンパスでもとにかくフルタイムを決行し、少しでもネイティヴに近いポジションで二十四時間生活するのです。これは非常にストレスのかかることで、当然ながらある程度の準備は必要です。また常識的に考えて無理のありすぎる服装などを控えるのは言うまでもありません。ただ、準備ばかりしていても始まらないですから、どこかで踏ん切りをつけて飛び込んでしまうのが、結局は早道になるのです。
 この時、周囲との軋轢を最小限に抑えるためにも、ノンパス的サバイバル術が大切になります。見た目はまだ不十分なのですから、人間関係で乗り切るしかありません。そしてこの関係を潤滑にし、自分自身のストレスを軽減するためにも、まずはノンパスな自分をポジティヴにとらえ明るく振る舞うことが重要なのです。暗い顔で診断書を振りかざして女子トイレに入れてもらっているようでは、トラブルの元になるばかりです。
 ある時、素晴らしい女装者と御会いしました。「女装」と割り切っていて彼女もいますが、ヴィジュアル的には人も振り返る美人です。
 この方は、会社にも彼女にも女装趣味がバレていて、会社では女装キャラを「キャサリン」と呼ばれているらしいです。飲み会などには女装で参加していて、「お前は来ないでいいからキャサリン来い。今日は早くあがってもいいから」などと言われているそうです。
 女装を自称する方は、会社に対しては「バレないよう」気を使っている方が多数派です。バレている、もしくは常に女モード、という場合は、多かれ少なかれTS、GID的なスタンスを使っているものです。病気でも深刻な問題でもない「趣味の女装」を押し通すということは、普通の社会環境ではなかなか受け入れられないからです。このことが証すのは、彼女の普段の仕事ぶりや人付き合いがいかに秀でているか、ということです。
 ついでながらこの方は、「お前、男が好きなんだろう?」といった世間の先入観とも実に粘り強く渡り合っています。女装だろうがTSだろうが、恋愛対象というのは実に様々なものなのですが、そんなことはよほどの業界通しか知りません。この人は一人一人に「女装やらホモやら色々いるんですよ」と面白くトークを展開して、理解してもらっているのです。
 別の自称女装者が、こんなことを言っていました。ゲイのパレードを見ていた時のことです。華やかな衣裳を着た人達が楽しそうに行進しています。ところが、途中から突然、「撮影禁止」の札をかかげて、暗い顔をした一群の人達が続いてきました。その人達は「ゲイも人間だ」「ゲイを差別するな」といったプラカードをかかげて歩いていたのです。
「この人たちの、どっちの仲間に入りたい? わたしなら、楽しそうなグループが絶対いいよ」
 いささか楽観的にすぎる発言ではありますが、普通の人間は楽しそうな人に惹かれるものです。
 別に女装だから偉いわけではありません。TSカルチャーの方が皆「自分は不幸」などと紋切り型に考えているわけもありません。TSだから、女装だから、という問題ではなく、世の中との接し方です。
 自認としてTSであったとしても、ノンパスの段階では女装呼ばわりも免れられないことが多いでしょう。この時、否定的にとらえてしまっては不幸のループにハマってしまいますし、何より人間関係が悪化してフルタイム続行が難しくなります。
 同化できないという現実があるなら、その違いを良い方に使うしかありません。どうしても上下があるというなら、いっそ上だと思ったらよいではありませんか。エリート意識です。ノンパスでも「ネイティヴなんかと一緒にされたら困るわ」と開き直る心意気です。
 大体、「平等」などという言葉は、自分を下だと思っている人しか使いません。上だと思っている人は、「平等」になっても損をするだけですから、そんな主張はしないものです。逆に言えば、「平等」「同じ」などと口にした途端、自分で自分を下に置いてしまうことになるのです。別に誰も「下」と言っていなくても、勝手に自分で下になっているのです。

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