日記を公開すること

 ブログで浮かれついでに、また一つ遅すぎる反応をしてみます。
 小鳥さま♪が、ネットで日記を公開している人について、肯定的なことを書かれています
 「つまらない日記でも、それを曝すことで自分を癒し、自力で立ち直っていくのはステキじゃないか」といった内容です。

 「自分で自分をカウンセリング」というのはまったくです。飲み屋も寺も本来診察室みたいなものですから、ADSLでそれができるなら大いに結構です。
 正確には「誰も読まないだろ、こんな日記」と思いつつ、やっぱり第三者の視線を少しは意識しているところがミソなのです。
 先日書いた「ツッコミ」の機能です。イメージとぐるぐる回ってドツボにハマるのを防いでいるのです。
 「目には見えないけど、神様はいるのねっ」と一緒です。
 ご自分で削除されていたので敢えて名前を出しませんが、わたしの敬愛するあるお方も「身の回りに愚痴をこぼすくらいなら日記で憂さを晴らす方がマシ」といったことを最近書かれていました。
 「幼女を誘拐するよりイベントで性器露出する方が勇者」(2004.03.12)であります。
 しかもそんなつまらないサイトが、思わぬところでネタにされて盛り上がられたりすることもあります。当人にとってはまったく意図しない形で、です。
 正に「捨てる神あれば拾う神あり」でございます。
 必ずしも思い通りにならないのが人生ですが、そんな失敗がわたしたちを導いているのです。
 つい、ネタを漁って拾う方に執心してしまうものですが、捨てる根性という方が大事なのかもしれません。
 「誰も読んでないだろ」と思いつつ、密かに「読まれること」を気にして、しかもネタにされても諦める勇気。
 そんな勇気があれば、人はダメな自分を受け入れられるのかもしれません。
 ……って、書いていたら結構難しいことのような気がしてきました。
 やっぱり、うかうかネット日記なんて書けませんよ。
 そういうわけで、当初の趣旨とはまったく反対ですが、こんな理由でワタクシ個人は行動記録を避けているようです。
 「『ネタ日記』を書いている人は根性ナシで信心がない」という答えが出ました。
 どこでどう間違えて、こんな結論になってしまったのでしょう。
 でも「思い通りにいかない失敗が人生を導いている」とかもっともらしいセリフを繰り返して、辛いことには目を瞑って寝ます。
『日記の魔力―この習慣が人生を劇的に変える 』表三郎 1,365円