MtFトランスジェンダー/トランスセクシュアルのフェミニズム親和的可能性

 「トランスジェンダー/トランスセクシュアルとフェミニズム」で、両者の微妙な関係に触れました。とかく世間では、トランスジェンダー/トランスセクシュアル、レズビアン/ゲイ/バイセクシュアル、インターセックスといったいわゆるセクシュアル・マイノリティによる運動、そしてフェミニズムが「抑圧されている者同士」などと簡単に手を結べそうな楽観主義がまかり通っていますが。ことはそう簡単であはりません。
 トランスジェンダー/トランスセクシュアルとフェミニズムについて言えば、『トランスセクシュアル帝国』のジャニス・レイモンドによる猛烈なMtF攻撃、といったような本質主義フェミニズムとの相反に加え、同化主義的トランスセクシュアルは社会構築主義的視点からも批判される、といった様々な問題があります。
 個人的には、これらの対立点を安易に曖昧化することなく、むしろ徹底して析出し、分離すべき点は分離する方が発展性があると考えています。ただここでは補足として、MtFトランスジェンダー/トランスセクシュアルが、ネイティヴ女性以上にフェミニズム親和性を孕んでいる可能性について、簡単に指摘しておきます。

 一つは、MtFトランスセクシュアルにおけるレズビアン率の高さです。ジェンダー・アイデンティティとセックス・オリエンテーションの独立性を前提にする限り、こういったことがあり得てもおかしくない理屈にはなるのですが、それにしても一般女性では考えられないほどの比率でMtFトランスセクシュアルは「同性」を性対象にしています。この現象にはもっと深く考えるべき論点が隠されているのですが、ひとまずそれはおいて、単純に「女性同士の連帯」に対して色々な意味で親和性の高いMtFが多いことだけをあげておきます。
 そこで問われている「女」が、ネイティヴの視点から見てジェンダー・バイアスの強いものであったとしても、彼女たちがネイティヴ以上に何らかの形で「女」を尊重しているのは間違いありません。わたし個人としては社会運動としてのレズビアン・フェミニズムにコミットしようという気持ちはないのですが、彼女たちを安易に排斥してしまうことは、おそらくレズビアン・フェミニズムにとっても貴重な人材を逃してしまう結果になるのではないかと思われます(当然ながら、このレズビアン・フェミニズムは極端な分離主義に対する自制心を備えたものである必要がありますが)。
 今ひとつは、前のエントリで「些末事」として触れた、「女性としての」MtFトランスセクシュアルの社会的地位です。トランスジェンダー/トランスセクシュアル一般の問題として(もちろん個々人の資質による差の方が遥かに大きいのですが)、依然として社会的地位が十分でないことがあります。MtFには、これに加えて「女性」としての抑圧が加わることになります。前回触れた通り、この不可視的現象を最も肌に感じることができる者こそ、MtFです。
 主に第二期フェミニズムによって指摘されてきたこの抑圧は、当然ながら個々人としての男性が恣意的に作り出しているものではありません。個人の水準で言えば、多くの女性も「共犯者」としてシステムの下支えに加わっているからです。彼女たちが抑圧に参加するのは、このシステムが個人としての女性にとってもそれなりの「うまみ」があるからです。
 例えば現代日本においては、女性が著しい社会的成功を収めるのは男性に比べて難しい傾向がありますが、逆に回復不可能なダメージを受ける率も低くなっています。ホームレスの男女比を見てみれば一目瞭然でしょう。良くも悪くも女性には「そこそこ」で落ち着けるシステムがあります。加えて、依然として「永久就職」による身分保障が偏在していることもあります。
 この点、MtFにはほとんどの「うまみ」が残されていません。染色体上の性別がバレることによるダメージはもちろん、結婚というカードも果てしなく困難です。キャリアとして戦って生きるか、どん底まで落ちるか、実にハードな境遇にある女性ということになるのです。是非はともかく、これはフェミニストの共感を生み得る地位のように思われます。
 ジャニス・レイモンドは、染色体上の性別や過去の来歴を基準にMtFをレズビアン・コミュニティから排斥する一方、彼女たちのbossyな態度を男性性の証として批判する、という矛盾を犯しています。女性であることも男性であることも「ダメ」というわけです。今時このような愚劣な論調を支持するフェミニストはいないでしょうが、一つだけ付言しておけば、多くのMtFは「女性として」も戦わなければ生きていけない境遇にいるのです。「女らしい」MtFと「女らしくない」MtF、レイモンドであればどちらも医療技術の作り出したモンスターとして一蹴するのかもしれませんが、「女らしく」するのもままならない事情というもあるのです。
 これこそ正に、少なくない女性、必ずしも「フェミニスト」を自称しない女性たちと通底する位置付けのように思えるのですが……。

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