「小梅ちゃん」の本が出ています。
『小梅ちゃん―初恋すとおりい 』近代出版社
「小梅ちゃん」というのは、言わずとしれたロッテの超ロングセラー商品です。
小梅 復刻版
吉元由美さん、谷村志穂さんらによるトリビュート小説と『赤色エレジー』などで知られる「ガロ」出身マンガ家林静一さんのイラストによる、まるまる「小梅ちゃん」本です。「小梅ちゃん」にまつわる逸話とデータを集めた「小梅ちゃんアーカイブ」も充実。なかなかに「へぇ〜」満載でございます。
元祖ヴァーチャルアイドルといったところでしょうか。「蟹座、B型。出身は東京小石川」「お父さんの名前は松造。昔気質で頑固な植木職人」など、実に細かい設定が隠されていることがわかります。
74年に始まったCMはベニス国際公告映画祭などでも高い評価を得たそうです。「す」という吹き出しを映像で使う手法は非常に斬新だったとのこと。
吹き出しという文化自体、とても気になります。吹き出しとは「この書き言葉は話し言葉というお約束で」というコードなのですが、プシュケーの語源通り、言葉が魂として吹き出されているものです。エクトプラズムであり、上空を飛び交う「言葉の雲」という幼児的イメージでもあります。
そしてこのコード自体を逆手に取ると、メッセージがコード化している硬直化した妄想幻覚ワールドを表現する手法に転じます。『ジョジョの奇妙な冒険』のエコーズがその結晶でしょう。言葉自体がモノになって貼り付きパワーを持つ非象徴的なパラノイア世界です。
てか、今気が付きましたがスッパマンの元ネタですよね。
映像屋崩れとして「ふーん」と思ったのは、オプティカルプリンターを駆使した最初期の作品だった、ということです。オプティカルというのは、ビデオ処理ができなかった時代、二画面合成処理(オーバーラップやワイプ)やスーパーインポーズの道具として使われてきた技術です。昔の映画を見ると、ワイプの始まりから終わりまでがちょっと暗い映像になっていて、画面が切り替わり終わった瞬間に明るくなったりしますが、あれは当時高価だったオプティカルの経費をケチっているのです。このオプティカル処理を職人芸で組み合わせまくると、今ならCGでやるような特殊処理ができるというわけです(ただし手間は甚大)。
「懐かしさ」を表現するのに、当時としては最先端の技術が投入されていたのです。『ジョン・C・リリィ』の時も触れた「昔の未来」です。「過去とは常に既に事後的に生産されるもの」と現代思想風にキメてみるのもいいでしょうが、今やその作られた「懐かしさ」自体が懐かしくなっている、という点こそ示唆的です。
わたしたちは常に「最先端の懐かしさ」を求めています。しかも資源としての過去は涸渇しつつあります。こういったトリビュート本やリメイク作品が目に付くようになっているのも一つの現れですが、資本が幻想を食い付くしつつあるのです。その最果てにあるのは、決して「現実が剥き出しになる」などというナイーヴな幻想ではなく、象徴の崩壊です。イメージがわたしたちが「現実」と呼んでいるものの中に逆流してくるのです。劇場型犯罪から911まで枚挙に暇がありません。
おそらくこの涸渇状況に対して抵抗するには、逆説的にも抵抗の放棄、あらゆる「斬新さ」からの撤退しかないのではないでしょうか。つまりは「古びていく斬新さ」の中で無為を決め込む、ということです。「小梅ちゃん」のCMは「最先端の懐かしさ」を更新せず、まさに「古さを古くする」ことに賭けているわけですが、その辺りにロングセラーの核心があるように思えます。
そもそも「ロングセラー」という存在自体、資本主義の臍でもあるのですが。
と、小賢しく語りつつ、とりあえずは酸っぱい飴でもなめておきますか。
「小梅ちゃん」サイト
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