性同一性障害者性別取扱特例法施行 性別の変更が可能に

 例の法律が施行されました。毎日新聞より
 性同一性障害を持つ人々が、戸籍上の性別を変更することを可能にする「性同一性障害者の性別取り扱い特例法」が16日に施行される。同法は昨年7月に国会で可決。家庭裁判所で戸籍上の性別を変更ができるようになったが、20歳以上▽結婚していない▽子どもがいない▽生殖が不能、などの条件があり変更ができる人々は限られる。

 GID業界内部では「子なし条項」が主な話題になっていて、「どうして子供がいると性別変えられないんだっ」という、それだけ聞くとかなりヨッパライくさい議論が盛り上がっていました。ちなみにわたしは「キミはあと5年は無理だね」と言われています(笑)。
 確かにあるタイプの「当事者」にとっては朗報です。一応はポジティヴに認識しておきます。
 ただしこんなことで何か「解決」できたかというととんでもない間違いで、警戒すべきは、この生き方が唯一の「折り合いの付け方」のように捉えられてしまうことです。何が「当事者」かの線引き、そして「当事者」に必要なもの、皆バラバラです。スタンダードができてしまうことで、かえって窮屈なことにならないかが危惧されます。
 蜜柑さんも指摘していますが、「GIDブランド」的な弁別が生まれてしまってもつまりません。どんなスタンスだろうが勝手にやればよいことであって、生活上致し方ない面もあるとはいえ、わざわざネイティヴの皆さまに御協力をあおいで法律を作るほどのものでもない気がします。
 こういったやり方で救われる人たちがいて、しかも他に方法がない状態に追い詰められているのは事実だとは思います。ただ、その結果が別の「生き方の標準」作りに繋がってしまわないよう、一通り抵抗して暴れておく必要はあります。
 とはいえ、わたし個人としては、例えば「GIDブランド」が「わかりやすい」ならば、逆にどんどん利用してやろう、という方向で動きたいものです。法律にしても、何せもうできてしまったのですから、どんどん活用しなければ損してしまいます。
 世間のアホネイティヴ、業界のアホトランスの説得になどに心血を注いでも時間の無駄です。そこで生真面目に動くのもカタギっぽくてホレますが、ズルく立ち回って「わかりやすいもの好き」の世間の裏をかいてやる方がスマートです。
 悲劇ぶるのもコミック系で攻めるのも、方便になるなら多いに結構ではないですか。
 それでも、こういう「我こそはマイノリティ、しかも頑張ってる」な論調に出会うと、正直辟易するものはあります。
 大体、「マイノリティ」なる代物からしてインチキくさいです。
 本当は誰でも某かの形で「マイノリティ」なのであって、「マジョリティ」などと思っている人は(あまり聞きませんが)タダの白痴なのですから、わざわざ自分から言うようなことではありません。
 そして「マイノリティ」なるものの立場が弱いとしても、「マジョリティ」様に頭を下げて御配慮頂いたり理解して貰ったりなどという謂れはありません。
 「マイノリティ」などと口にする人はしばしば「平等」好きなものですが、「平等」などという言葉は自分が下だと思っている人しか使いません。上の人間が「平等」と言っても損をするだけだからです。逆に言えば、「平等」などと語り始めた途端、誰も何も言っていなくても勝手に下になってしまい、世間様に「認めてもらう」立場に転落してしまうのです。「マイノリティ」、口に出した時点で既に負けです。
 どうせ「少数派」なら、エリート意識を持ちましょう。
 欲しいものがあるなら力で奪い取りましょう。
 「共存」も「多様性」も「平等」も要りません。
 必要なら、まずはネイティヴどもに頭を下げさせれば良いのです。
 それにしても「子なし条項」なんてスケールの小さいことでガタガタ言うなら、いっそ戸籍なんて意味わからないものを撤廃して頂きたいですね。

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