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助けを求めるプリンタの中の小人 病跡学的余談 | eternal transition::ジェンダー/セクシュアリティ
Categories: メカ モノ コンピュータ

助けを求めるプリンタの中の小人 病跡学的余談

 MovableType導入前に、「プリンタ御乱心、そして芸術」(040119)という記事を書きました。クリックで別ウィンドウに拡大します。

 このプリンタ、年中こんな調子です。一度御乱心モードに突入すると、こんな紙資源の無駄使いが延々と吐き出されてきます。電源を切ってジョブを飛ばすしかありません。仕事が詰まっている時など、こっちが御乱心になりそうです。今どき白黒のレーザープリンタなんてたかが知れているのだから、お願いだから買い替えて欲しいものです。
 今日もまた謎のメッセージが出力されました。


「た_た_た_た?」

 言いたいことがあるなら、はっきり言って下さい。

「た_秒×円_た?」

 微妙に意味がありそうなところがもどかしいです。
 も、もしかして「たすけて」ですか? 救助信号ですか?
 中に誰か閉じ込められているのでしょうか。ちょっと怖いです。

「qたqた た た た ほ」

 最後の「ほ」は何なんですか、「ほ」は。
 助けて欲しいなら真面目にやって下さいよ。バカにしてるんですか。こっちは分刻みで次の電話かけないと、せっかくのお客さん逃がしちゃうかもしれないんですよ! そんなテンパった仕事中に、さりげなくこの紙を持ち帰っているわたしも相当ヤバいですが。

 ちょっと深読みな余談をすると、病跡学Pathographyという学問があります。天才的芸術家などの優れた業績を遺した人の人生を、病気という観点から分析していき、創造と狂気の関係を探るものです。日本病跡学会というのもちゃんとあります。
 当初は遺伝と天才性の関係から研究が初められ、クレッチマーの『天才の心理学』などが知られています。
 対象となった代表的芸術家は、文学なら漱石、芥川、モーパッサン、ヘルダーリン、絵画造形ではゴッホやムンクが有名です。音楽ではシューマンやマーラーが思い浮かびます。マーラーについては『無意識の組曲』(新宮一成 岩波書店)にポエジー溢れる素晴らしい分析があります。
 ただ、芸術を病理に還元してしまうような一面があることは否めず、あまり流行りの分野ではありません。なぜか日本でだけは研究が盛んなのが面白いところです。
 還元よりは積極的な方向で利用しようとしたのが、ちょうど一世紀ほど前に大流行したシュールレアリズムという運動です。言わずと知れたダリの世界ですが、そもそもの超現実主義の運動はフロイトとブルトンの出会いにはじまり、『超現実主義宣言』が記念碑的になっています。
 ブルトンと言えば『ナジャ』です。アンドレ・ブルトンと精神病者の少女ナジャ(いわゆるボーダー?)との日々を記録したものですが、とにかくこのナジャの描いた絵が素晴らしいのです。上でリンクしている白水の訳書にはナジャのイラストが沢山収録されているのでお勧めです。
 現代のアーティストとしては、草間彌生さんなどがこの分類に入るかもしれません。
 こういう病者の作品をart brut(生の芸術)などと言い、これまた流行りではないですが、時に鋭く抉るような絵画や造形に出会うのも事実です。少なくともわたしを個人的に魅了してやまない作品の多くが、広義のart brutに入る気がします。それを言ったらわたし自身が正真正銘の病人でもあるわけですが。
 で、何が言いたいのかと申しますと、すっかり時代遅れになってしまったシュールレアリズムですが、それをそれとして取り出してしまうとカッコ付きのサブカル的「シュール」になってしまうとしても、日常の中でふと出会った時の輝きは変わらない、ということです。プリンタは人間ではないですが、art brutのような幻惑的パワーを吐き出してくれています。赤瀬川原平の『超芸術トマソン』なども同じ発想ですね。
 仕事でテンパっていると忘れがちなことで、しかも忘れているべきことです。「心に余裕をもって日常の中の美を大切にしよう」などというプチブルリベラル的発想では、芸術を囲い込み去勢するだけです。余裕のある時にお上品に鑑賞する「アート」なんてクソ食らえです。仕事も家族も投げ打ってこそ、命は正しく燃えるのです。
 まぁ、プリンタの故障くらいで熱く語ることでもないのですが。
Amazon:『草間彌生 ニュ-ヨ-ク/東京』東京都現代美術館

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