帰りの電車の中で、ちょっとした出来事がありました。
ムギュウッとなりながらも本を読んでいたところ、背後の男性二人が何事か揉めているのです。
振り向くと、ビジネススーツの男の人が、もう一人に向かって呪詛のような言葉を吐いています。
「押すなよ。キチガイさん。大人だなぁ、よぉ。押すなって言ってるだろ、キチガイさん」
ドアに押し付けられているベージュのスーツの男性も、睨み返しています。今一つ状況が読み切れないのですが、次の駅でバトルになってもおかしくない流れです。
満員電車でみんな我慢しているのに、なんだかムカムカしてきました。ブツブツ言っている男の人は、いかにもマチスト風で、鋭くいやらしぃー目つきです。仕事はデキるけど性格悪いヤツを絵に描いたようです。大体「キチガイさん」なんてセリフで挑発している時点で、コイツの方が余程ヤバいです。
いっそ張り倒して怒鳴り付けてやろうかと思ったのですが、グッと我慢です(ちなみにこういう時、オンナの立場だと「叱りつける」という選択肢もアリになるのは興味深いことです。男だと間違いなく喧嘩になります)。
とはいえ、このまま黙っていても心に黒いものがたまるだけです。怒鳴れば発散できるでしょうが、それはそれでもちろん問題です。
こんな時、どうするのが正解なのでしょうか。まったくの偶然ですが、今日は良い解決の仕方ができました。
次の駅に着いて、ベージュの男性がネチネチ男を追って階段を降りようとしました。その時、とっさに彼の肩に手をかけて、こう言っていたのです。
「相手になさらない方がいいですよ。おかしいですよ、あの人」
振り返った男性の一触即発だった表情が、溶けるようにほころびました。
「だよなぁ」
ベージュの男性は電車に戻り、ネチネチ男は階段を降り、わたしは各停電車に乗り換えました。
あの一言が言えた瞬間、わたしの中の黒いものが消え、実にスッキリとした気持ちになったのです。そして多分、ベージュの男性も我に返って、余計な喧嘩をしないで済んだのです。
なんだか偉そうなことを書いていますが、わたしの人格のガキっぷりについては、身近な人なら誰でも知っています。ネチネチ野郎以上に、いつも心は黒いもので一杯です。だからこそこの出来事が気になるのです。今日は神様が後押ししてくれたのでしょう。
「言ってみる」ということがカタルシスになるのは自明です。ですが、ただ闇雲に発散するわけにもいかないのも現実です。
でも今日は、ほんのちょっとエネルギーの方向を変えるだけで、こんなにもスッキリできる道もあるんだ、ということを実感できました。考えてできることではないかもしれません。ただ、黒い衝動で視野が狭くなっていても、見えない所に方法が転がっていたりすることを忘れたくないのです。
ついでながら、あれが一言だけの出来事で、そのまま三者が別れたというのも大切なポイントでしょう。あの後ベージュの男性と意気投合して飲みにでも行ってしまったら、それはそれでせっかくの澄んだ気分に淀みが混ざってしまったと思います。
自分自身の向かってメモします。
黒いものに押し潰されないために。